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2015.11.29_戦艦大和型 三姉妹の三女、空母「信濃」

艦船
11 /29 2015
「戦艦大和・武蔵は有名だけど、信濃はあんまり知られていなかったなあ・・・。」

今日の朝刊に、空母「信濃」の戦友会が沈没の日の今日、解散する記事が目にとまりました。


空母「信濃」とは、大和型戦艦の3番艦で、途中まで戦艦として作られながら「やっぱ、これからは空母でしょ!」と設計変更されたのでした。
しかしながら、戦局は既にガタガタ。搭載する飛行機もパイロットも無い状態。
横須賀から呉に移動中、アメリカ潜水艦の魚雷を受けます。

あの戦艦「武蔵」がフィリピンで魚雷20本以上受けたのに沈まなかったので、当然「信濃」も余裕で呉まで行けたはずなのですが、突貫工事で艦内の水密区画工事がきちんと行われていなかったため、どんどん海水が入り込み、7時間後に転覆・沈没したのでした。

沈没時の様子は、当時駆逐艦磯風に乗っておられた柴田氏が「我が青春の追憶(一水兵がとらえた太平洋戦争)」の63話で詳しく述べられているのは、マニアの間で有名ですね。

当局が小学生の1970年前半、初めて「信濃」のプラモを作りました。(写真はネットから借用)


プラモの構成は、大和の船体の上から空母のパーツをポン!と載せてつくるので「元は戦艦なんだ!」と子供でも理解しやすかったです。(写真はModel Artより)


飛行甲板の幅がめちゃくちゃ広かったのが印象的でした。(写真はModel Artより)


当時、「信濃」の写真は未発見で、鉛筆書きの絵しかなく、「幻の空母」と呼ばれたものでした。(写真は丸スペシャル日本の空母2より)


その後、当局が大学生のころ、1枚の写真が世に発表されました。それが、新聞の記事に掲載されている写真です。

あの時の衝撃は忘れられません。「本当に船体は大和そっくりじゃん!」

ということで、戦争がますます遠ざかっていくのを感じました。
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コメント

非公開コメント

No title

信濃の元乗組員なら、90歳をこえているわけですね。
解散は残念ですが、いつかは迎えなければならない区切りでしょう。
今まで70年間も続いてきたのは、当時の命がけの結束があったからだと思います。

以前ハムフェアに毎年出展していた「明治会」を思い出しました。

No title

JK1MOP局さん、こんばんは。
結束といえば、当局が赴任していた海外の工事現場の仲間たちとは10年以上たっても定期的に飲み会を開いています。特殊な環境下で同じ釜の飯を食った結束力なのでしょうか。(笑)

ヨコハマAA815

小学校高学年から家のラジカセでの海外放送聴取(BCL)に始まり、アマチュア無線、フリーライセンス無線と電波に関する趣味を細々と続けてきました。特に最近は、週末に近所の高台から小さな出力でフリーライセンス無線の仲間との交信を楽しんでいます。(雨の日など運用できない日は「はまっこ海軍工廠」で建艦作業をしています。)