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2015.09.16_薄れていく震災の傷跡

その他
09 /16 2015
震災遺構は残すべきだと思うなあ・・・。何百枚の写真も、実物が語る説得力にはかなわないよ。」

石巻に日帰り出張してきました。


ここは石ノ森章太郎で有名な町ですが、先の震災で大きな被害を受けた町でもあります。


少し時間があったので、観光案内所でもらった「大震災まなびの案内ルート」を参考に、タクシーで回ってみました。


津波で流された住宅街跡は夏の間に伸びた雑草に覆われて、よそ者の当局から見ると、耕作放棄された畑かグランドくらいにしか見えません。ここが津波の被災地と認識できるものが、ここ数年でどんどん無くなっている印象があります。


と そこに、仮設ネットで覆われた3階建ての小学校を発見。旧石巻市立門脇小学校で、屋上まで津波が押し寄せたそうです。幸い、児童は速やかに裏山に避難していたので全員無事でした。


この建物も震災遺構として残すか、取り壊すかで意見が対立しているそうです。

当事者でない当局が口を挟む資格はありませんが、できれば後世のために残してほしいと感じました。

帰りは、1本電車を送らせて、駅前で美味しい刺身を堪能しました。

ほろ酔い加減で立った仙石線のホームからは、綺麗な夕焼けを見ることが出来ました。

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コメント

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No title

へー石巻行ったんだ。門小行ったなら、直ぐ近くに「がんばろう!石巻」と書かれた大きな看板と慰霊碑。津波被災の瞬間の動画を再生するTVと写真もあったでしょ。

ちなみに、その門小の裏山には自分の母校があります。

No title

ぐっちゃんさん、おはようございます。残念ながら時間の関係で周辺を歩くことは出来ませんでした。
母校があるということは、BCLもやられていたのでしょうか。すぐに海なのでロケ的に最高ですね。

No title

裏山にあるのは自分が通っていた中学校。BCLを始めたのも中1の時でしたので、ここの街が自分のBCLの原点だったと言えるでしょう。

当時から中波DXに目覚め、何故か、今は無き台湾の米軍放送は良く聞いていました。あと、フィリピンの中波局も。NHK第一も0時に放送を終えたので良く聞こえてました。

一番驚いたのが、1530kHzで北米中波局が受信出来たことでしょうか。当時のクラスメイトは、西ドイツのバイエルン放送を受信していました。

自分はICF-5800にビニール電線をぐるぐる巻きつけただけの、簡易なシステムで受信出来ちゃったので、やっぱりロケーション良かったのでしょうね。

当時、日本もアメリカと同じ10kHzセパレーションだったので、今よりTPDX局の受信は難しい記憶があります。

ちなみに、このラジオに電線を巻きつけて受信する方法は、当時、遠洋漁船の船乗りだったオヤジが、海の上でやっていたとかで、教わったやり方です。

No title

ぐっちゃんさん、こんばんは。
BCLのスタートは石巻だったのですね。スカイセンサー5800でMWDXなんてすごいです。
船乗りさん譲りの電線巻き付けワッチも石巻らしいですね。
素敵な話をありがとうございました。

ヨコハマAA815

小学校高学年から家のラジカセでの海外放送聴取(BCL)に始まり、アマチュア無線、フリーライセンス無線と電波に関する趣味を細々と続けてきました。特に最近は、週末に近所の高台から小さな出力でフリーライセンス無線の仲間との交信を楽しんでいます。(雨の日など運用できない日は「はまっこ海軍工廠」で建艦作業をしています。)